カンボジア小学校建設物語(10)〜クラウドファンディング開始に向けて〜

暗黒の時代が開け、少しずつ回復傾向の2014年年末。

僕は一つの企画を用意していた。

それは「つながるかたりば」というイベントで、知り合いという枠を超えて人が集い、それぞれの人生にとって必要な出逢いをプロデュースできるようなイベント。にするつもりだった。

 

もとはラジオDJの山本シュウさんが主催しているイベントに呼んでもらった時に「あ〜俺もこんなイベント主催したいな〜」って感じていたことがきっかけだった。

シュウさんは僕の東京の父のような人。シュウさんの奥さんとカンボジアで出逢ったことから、今でも面倒を見てもらっている人。

 

このシュウさんは僕のメンターのような人で、人を大切にしようとする想いが半端なく強い人。

だからこそシュウさんの周りは人が集まるし、シュウさん自身が輝いているから、人を輝かせることがとても自然にできる素敵な人。

シュウさん中心に輪ができているのに、シュウさんは自然と周囲の人に話を振るし、自然と役割を与えるし、目立っているのに目立ってない。気配り(シュウさんはおせっかいと呼んでいる)がナチュラルすぎて、ビックリする。

 

だから僕も「シュウさんみたいな人になりたいな〜いつか超えたいな〜」なんて目標にしながら、シュウさんがやったような、人と人を繋ぐイベントがしたかった。

 

でも当時の僕の集客力では目標としていた人数を集めることができず、僕の企画力では来てくれた人を楽しませることはできなかった。

 

【つながるかたりば2014】

海外に行くならマネパカードは必須!!
マネパカード

中には「来年もやるんですか〜?」って聞いてくれた人もいたけれど、今年はちょいとできなそう。

なぜなら僕が日本にいないから。

でも帰ってきたら、もっともっと人を呼んで、企画を詰めてやりたいなって思う。

 

今年できなくなったことは本当にプラスの出来事で。

なぜなら小学校建設がスタートするから。

 

それは年明け2015年。

1月になってすぐに実行した。

モヤモヤが続いた2014年を払拭したい。やっぱり大きく前に出よう。

 

クラウドファンディングサイトCAMPFIREに申請して年明けからの公開となった。

実はこれは2014年の11月くらいから計画していて、その時も僕は新潟の将太の家にいた。

 

つながるかたりばの時もカメラマンとして参加してくれていたディレクターのけんちゃんに協力を依頼して、クラウドファンディング用のPVも作った。

これは恥ずかしいからもうお蔵入り。

 

将太もけんちゃんも仕事の空き時間を使って、夜遅くまで僕の企画に付き合ってくれる。

最終日、僕らの撮影、編集が終わったのは深夜3時だった。

そこから食べに行った串揚げは、僕らに胃もたれをもたらしたことは言うまでもない。

 

けんちゃんが映像や画像のことやってくれたり、将太が文章関係のこと手伝ってくれたり、もちろんそれ以外にもたくさんの人が動いてくれて、企画は年明けからスタートすることになった。

 

正直僕はクラウドファンディングなめていて、「意味のある活動」ならお金は集まると思っていた。

本当になめていたと思う。

 

でも自分のプロジェクトが掲載待ちの状態になり、いろいろ眺めているとそうでもないことがわかった。

むしろ、自分が申し込んだ「社会貢献(自分ではそう思ってないけど、それしかなかった)」のジャンルは、企画者も多くて、紛れてしまいそうだった。

 

正直「え〜?なんでこんなのに?」って言いたくなるものに莫大なお金が投資されていたり、「これいいな〜」ってものに全くと言っていいほど集まっていなかったり。

もちろん、いい企画も悪い企画もなくて、企画そのものをどう感じるかの差であるのだけれど。

 

始める前から不安の大波が押し寄せていた。

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空模様も含めてこれくらい不安だった。

 

でも取材してもらったサイトのインタビューにも書いたけど、クラウドファンディングサイトは、お金が集まるサイトではなくて、お金を集めることができるサイトってだけだから、そのサイトにいかに多くの人を連れてこれるかだって思った。

つまり集客力。

 

掲載してもらった記事はコチラ!(クラウドファンドニュース)

前編

後編

 

クラウドファンディングに頼るのではなく、クラウドファンディングというツールを使うことが重要だから、僕がカンボジアに関わっていることは友人・知人の多くが知っていたけど、それだけじゃ無理だって思った。

あと、掲載してからも「掲載してます。」だけじゃ絶対的に無理で、個人的な連絡に時間を費すことの方がほとんどだった。

 

「久しぶりに電話してきて、金の話かよ」って人も絶対いたと思うし、僕も逆だったらそう思うかもしれない。

でも人に頼めないなら、本気じゃないとも思った。

絶対支援していただいた金額以上の成果で返すし、やりとげるって覚悟だけは決まっていた。

 

人を集める力を求めていた僕には、それを高めるには絶好の修行となった。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    1986年静岡県生まれ 日本体育大学卒業後、静岡県の公立高校に四年間勤務。 退職後に訪れたカンボジアで縁があった小さな農村部に小学校を建設し、その後正式に独立。 現在はリュック二個のモバイルライフ。カンボジアを拠点にゆっくり旅の途中。