初めての一人旅!カンボジアでぼくが見たリアル

こんにちは、北川勇介(@yusukeworld_)です。

前回は、学生時代から教員を辞める時のストーリーを書きました。

教師になりたかったのは学校がつまらなかったからだけど辞めた時は学校より自分がつまらない人間だった

2015.08.27

今回は、初めて一人で海外へ向かった時のことを書いています。

一人で飛行機。

一人で乗り継ぎ。

一人で外国のゲストハウスへ。

ドキドキしながらも踏み込んだ初めての一人旅の地、カンボジアでぼくが見たもの。

 

初めての一人旅は全てが冒険だった

自分自身のスキルアップのために、最初に向かった先はカンボジア。

初の単身海外にドキドキしながら、バックパックを背負って旅に出た。

出発の朝は、教え子の巧が仕事を休んで空港まで送ってくれた。

空港で渡されたのは、選別に用意をしてくれたブラックオニキスのブレスレットだった。

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巧を始め、離任式にはたくさんの卒業生が来てくれて、たくさんのメッセージと気持ちとプレゼントをもらった。

 

 

「絶対また帰ってきてくださいね。」

少し寂しそうに見送ってくれた巧と別れた。

「おう、行ってくるぜ!!」

なんて強気に言いながらも、実はドキドキしていた。

初めての一人で飛行機だった。

 

長時間トランジットを利用したプチ旅すらも大冒険

韓国で9時間の乗り継ぎ。

一度韓国に入国して、市街地でビビンバを食べた。

これすらも当時のぼくには大冒険だった。

 

英語が話せなかったぼく。

自分は韓国に一旦入国しても荷物はちゃんとカンボジアまで行くのかも不安だったし、韓国の案内も持ってないから何度もフラフラ行ったり来たりしていた。

でも、みんな優しかった。

 

空港でおとなしくしていればいいものを、たくさんの人に助けられて、再度出国。

韓国・仁川を経由してその日の夜、ぼくはカンボジア・シェムリアップに降り立った。

 

カンボジアで見たのは「知っているつもり」だった世界

カンボジアに向かった理由はNGO団体を通じて、小学校で日本語・英語を教えるというプログラムに参加するためだった。

市街地から村へ向かうちょっとした距離で景色は一変する。

電気がない。ガスがない。水道がない。

日本では当たり前に揃っているライフラインが整っていないことが、ここでは当たり前だった。

一個のベッドスペースが与えられ、ここが自分のテリトリー。

特に防犯用のロッカーがあるわけでもなく、セキュリティーはゼロ。

夜になれば虫除けのために蚊帳を張って寝る。

 

カンボジアでの1日

朝は日の出よりも早く鶏の声で目を覚まし、地平線から昇る朝陽にエネルギーをもらう。

朝の散歩から帰ると朝食が用意されている。

カンボジアのご飯はうまい。

海外生活で心配する「食の問題」は軽くクリア。

朝食後は、準備をして学校へ。

1時間半の授業を2コマ。

間は30分の休憩があり、小学生と走り回って汗まみれになる。

昼休みは一度ステイ先へ戻り昼食。子ども達も一度自宅へ戻る。

長い昼休みの後、午後もまた1時間半の授業を2コマ。

終了後は打ち合わせと明日の予定を立てて、残った子ども達とサッカーやバレーをして遊ぶ。

夕ご飯前には朝陽と反対側の地平線に沈む夕陽を観て、夕飯を食べて、水を浴び、蚊帳の張られたベッドへ。

早寝早起き、三食しっかり食べて、日中は汗をかいて遊ぶ。

日本にいる時よりも健康的な生活だった。

 

今では恥ずかしくてなかなか開けない当時の旅ノートには、現地の様子が記されていた。

勉強したくてたまらないと思い込んでいた子ども達にも実は温度差があって、積極的に学ぼうとする子どもとそうでない子どもが当然いるんだと思った。 ぼくらは、時期が来たら帰るけど、こんな入れ替わり立ち替わりの指導でどうやって語学を定着させるのだろう。現に日本人が出入りするようになって何年も経つはずなのに、どうしてこんなに通じないのだろうか?

 

この小学校での体験は確かに自分にとってプラスになった。

知らないもの、知ったつもりのものを生で見て、体験して、共有したことは本当に有意義だったけど、知れば知るほど「なんで?」「どうして?」という疑問ばかりが増えていった。

次第に心の中は「どうしたらいい?」という思いが溢れるようになった。

まさか、このスッキリしない何かが、今後の人生を大きく変えることなんて、知る由もなかったけど。

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ABOUTこの記事をかいた人

1986年静岡県生まれ 日本体育大学卒業後、静岡県の公立高校に四年間勤務。 退職後に訪れたカンボジアで縁があった小さな農村部に小学校を建設し、その後正式に独立。 現在はリュック二個のモバイルライフ。カンボジアを拠点にゆっくり旅の途中。