なぜ今バックパッカーという生き方・働き方を世界に向けて発信するのか

「Backpacker Note〜バックパッカーという仕事のつくり方〜」だなんてタイトルで書いているこのブログですが、ぼくは世界中何カ国も旅をしたわけでもないし、そもそも旅行にはそこまで興味がない。

 

ぼくが興味を示したのは、バックパッカーという生き方・あり方。

 

「何カ国ぐらい旅されたんですか?え?意外と少ないですね?」

と言われる度に「訪問した国や地域の数の違いで一体何が変わるというのだ!」と物申したくなる。

 

ぼくがバックパッカーという生き方・働き方・あり方を発信し続ける理由はただ一つ。

「意志を持って自分を生きる人を増やしたい」というただそれだけのこと。

 

だから、世界中を放浪していることがバックパッカーではなくて、自分が生きたい人生を自分の心に従って生きている人のことを個人的にバックパッカーと定義しているだけなんです。

 

旅に出ることにもはや何の特別感もない

これだけ海外へ出ることが一般的になって、こぞってみんな旅へ出たがるけれど。

一つだけ違和感を覚えるのは、ぼくらは別に「世界へ出る」必要はない。なぜなら最初から「世界にいる」からだ。

 

「世界へ出たほうがいい」という人に聞きたいのは「今までどこにいたんですか?」ということ。

 

そしてもはやこれだけ海外の情報が当たり前になると、海外旅行もバックパッカー旅も、留学もワーホリも。

決してぼくらの生活から遠いものではなくなった。

 

旅に出て満足?みんなと同じルートで?

海外へ出ることへ特別感を抱いている割には、みんなと同じルートで安心して回りたがるその特性。

 

調べれば出て来る王道ルートで回り。

大して興味あるわけでもないのに写真を撮りたいだけで訪れる世界遺産。

その国や地域の特性に触れることなく駆け足で進んで気になるのは「訪れた国のスタンプの数」。

日本でできないことが平気でできてしまう謎の気の大きさ。

 

それってオリジナリティのある自分だけの旅って言えるのだろうか?

誰かが歩いた後をただなぞるように歩いたそこに、果たして自分の意志はあるのだろうか?

 

伝えたいことは堂々と発信したほうがいい

こういうこと言っても「あいつは大して旅していないくせに」とか「本当に世界のこと知ってるの?」とか。

そんなどうでもいい視点でのツッコミも入る。

 

ぼくにとって旅をすることは生きることであり、働くこと。

そして、バックパッカーとは単に旅する人のことではなく、あくまでそういうあり方として捉えている。

 

人生は、その時々で大切にできるもの(抱えておけるもの)は限られていて、その気になれば何でもできるのだろうけど、全部はできなくて。

だからこそ、必要なものを見極める力が大切で、選択して決断して行動するためには、自分の意志が必要になる。

 

「人がこう言ったから」

「ネットにこう書いてあったから」

そんな情報の上っ面に操作されて自分の意志を決めたくないから、ぼくはこれからも自分だけのルートを自分の意志で歩いていこうと思う。

 

そして、たまたま巡り会う近しいルートの人と手を取り合うこともあれば、一緒に歩くことも、挨拶だけで終わることもあるだろうけど。

それもまた全部お互いの意志に基づくもの。

 

これはバックパッカーとか旅とかに限ったことではなくて。

これを読んでいるあなたが好きなこと、大切にしていること、生き方や考え方は好きなだけ伝えたらいい。

 

それが揺るがない自分を形成し、そんあ自分を信じ抜くことで人生はどんどん彩りを増していく。

 

ぼくは旅というものを通じて、これからもメッセージを発信していく。

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