カンボジア小学校建設物語(2)〜初めてのカンボジア編〜

自分のスキルアップのために向かったカンボジア。

初の単身海外にドキドキしながら、バックパックを背負って旅に出た。

 

出発の朝は教え子の巧が仕事を休んで空港まで送ってくれた。

空港で渡されたのは、選別に用意をしてくれたブラックオニキスのブレスレットだった。巧を始め、離任式にはたくさんの卒業生が来てくれて、たくさんのメッセージと気持ちとプレゼントをもらった。

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「また帰ってきてくださいね。」

少し寂しそうに見送ってくれた巧と別れた。

「いってくるぜ!!」

強気に言いながらもドキドキして飛行機に乗り込んだ。

 

韓国で9時間の乗り継ぎ。

一度韓国に入国して市街地でビビンバを食べた。

これすらも当時の僕には大冒険だった。

 

英語が話せなかった僕。

自分は韓国に入国しても荷物はちゃんとカンボジアに行くかも不安だったし、韓国の案内も持ってないからフラフラした。

でもみんな優しかった。

 

空港でおとなしくしていればいいものを、たくさんの人に助けられて、再度出国。

韓国・仁川を経由してその日の夜、僕はカンボジア・シェムリアップに降り立った。

 

カンボジアではNGO団体を通じて、日本語・英語を教えるというプログラムだった。

 

空港から村へ向かうちょっとした距離で景色は一変する。

電気がない。ガスがない。水道がない。

日本では当たり前のライフラインが整っていないことが、ここでは当たり前だった。

 

一個のベッドスペースが与えられ、ここが自分のテリトリー。

特に防犯用のロッカーがあるわけでもなく、夜になれば蚊帳を張って寝る。

 

朝は日の出よりも早く鶏の声で目を覚まし、地平線から昇る朝陽にエネルギーをもらう。

朝の散歩から帰ると朝食が用意されていて、これがまたうまい。

朝食後は準備をして学校へ。

1時間半の授業を2コマ。間は30分の休憩があり、小学生と走り回って汗まみれになる。

昼休みは一度ステイ先へ戻り昼食。子ども達も一度自宅へ戻る。

長い昼休みの後、午後もまた1時間半の授業を2コマ。終了後は打ち合わせと明日の予定を立てて、残った子ども達とサッカーやバレーをして遊ぶ。

夕ご飯前には朝陽と反対側の地平線に沈む夕陽を観て、夕飯を食べて、水を浴び、蚊帳の張られたベッドへ。

 

早寝早起き、三食しっかり食べて、日中は汗をかいて遊ぶ。

日本にいる時よりも健康的な生活だった。

 

今では恥ずかしくてなかなか開けない当時の旅ノートには、現地の様子が記されていた。

 

勉強したくてたまらないと思い込んでいた子ども達にも実は温度差があって、積極的に学ぼうとする子どもとそうでない子どもが当然いるんだと思った。
僕らは、時期が来たら帰るけど、こんな入れ替わり立ち替わりの指導でどうやって語学を定着させるのだろう。現に日本人が出入りするようになって何年も経つはずなのに、どうしてこんなに通じないのだろうか?

この小学校での体験は確かによかった。

知らないもの、知ったつもりのものを生で見て、体験して、共有したことは本当に有意義だったけど、知れば知るほど「なんで?」「どうして?」が増えて行く。

次第に心の中は「どうしたら?」という思いが増していった。

 

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