今月で一年の半分が終わるけど今年のやりたいこと半分やれているのかなって話

6月を迎えてカンボジアも日本もジメジメしてるこの季節。

 

6月ってなるといつも思う。

今年ももう半分か〜って。

 

そんなこと考えていても仕方がないんだけど、今年のはじめに描いた夏を迎える準備はできているのかな〜、そのためにやることやってるのかな〜って考えさせられたりもする。

 

 

想像していた今って何してたっけ?

今年の初め、夏にはこんなことしたいから、4・5・6月はこんなことしておこう、あんなことしておこうって思っていた。

 

それが今じゃ、年明けの頃と大分現状も感情も違っていて、今年の始まりには頭にあったこととはだいぶ違った今な気がしている。

 

よく子どもの頃に描いたハタチとちがってた。

30歳の頃にはもっとこうなっている予定だった。

 

って話になるけど、多分それは思い描いたものと、実際の日々に小さなギャップがあって、そのギャップを埋めないまま生きてくると、時間が経てば経つほどその差は最初とは比べ物にならないくらい大きなものになっているからなんだと思う。

 

最初1mmずれたら・・・って話と一緒。

 

やりながら考えるは大事だけど

個人的にはあまり計画を立ててもその通りいくとは思えないし、その通りやれない性分なので、大まかな道筋だけ決めておいて、後はやりながら考えるってのがこれまでのやりかた。

 

行きたい場所は決まっていてその道筋は走りながらという、何ともアバウトでテキトーに思われそうな生き方なんだけど、多分これが一番状態がいい時。

 

ただ、どうしてもそんな生き方だと最初のイメージとのズレは出て来て、それに気づかないまま走っていると最初とは違う場所へ行ってしまうこともある。

 

そうならないように要所要所で修正をかける時間は必要なんだと思う。

 

ガムシャラが本当にいいのか

ガムシャラにやっていればってずっと思っていたけど、どうやらガムシャラになればなるほど、もっともっと周りが見えなくなるらしい。

 

そしてそういう時ほど器用さは消えて、一つのことしかできなくなる。

いくつも抱えていた仕事も同時進行できなくなって、期限がギリギリになって、あ〜〜〜〜〜ってなりながら仕事を追いかけるのではなく、追われるように働き始める。

 

そうなるとそこにクリエイティブな思考はないし、次を考える余裕もない。

これが終わらなければ先へ進めないっていう呪縛のようなものが、また次の一歩を重くして、それによって時にチャンスを失っているかもしれない。

 

心を整える

心ってどうやったら整えることができるのか。

その答えは、いつも口にする身辺整理だった。

 

これを最近は「丁寧に生きること」って自分の中で定義している。

ほんのちょっとだけ几帳面に生きてみると、見えていなかったものが見えてきたり、感じていなかったことを感じるようになったり。

 

目の前にある動きもしないモノたちを丁寧に扱うことで、動く人の心の変化を少しばかり気付けるようになるのかもしれない。

そう思えるようになった。

 

 

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