丁寧に生きようってまた思った日

2017年6月1日

 

およそ1ヶ月のカンボジア滞在を終えていったん帰国。

 

なんだかものすごくあっという間のようで、ものすごく長かったような1ヶ月。

到着して翌日に行ったみらいスクールの遠足は、もはや遥か昔のことのようにも思える。

 

やりきったって言える日があることは幸せ

毎日「やりきった」って言いながら布団に入ることの満足度はとても大きいと思う。

 

ただ、自分のタスクをこなす許容量にはやっぱり限界があって、その限界を超えると一気にいろんなことが崩れたりもする。

 

何か一つが崩れ始めると、ドミノ倒しのように次から次へと崩壊は続く。

 

そのドミノ倒しを止めるのは生活リズムと、身辺整理なのだと今回は再確認した。

 

ほんの少しだけ丁寧に生きてみよう

使ったものはすぐに戻す。

部屋に戻ったら一個何かを片付ける。

今日やっておくべきことは今日やってしまう。

 

そうやって何か少し流れを変えてみると、すごく心地の良い毎日を過ごすことができるし、何より丁寧に生きている人はとても魅力的だと思う。

 

特別なことをしようとしなくても、毎日をほんの少し丁寧に生きるだけで、日常は簡単に彩ることができる。

 

丁寧に生きるってどういうこと?

丁寧に生きるってつまりは「やるべきことをやる」「自分がどうしたいかを知っている 」ってことなのだと思う。

 

すごくシンプルで当たり前のことかもしれないけど、自分がやるべきことをわかっているようでわかっていないことも多い。

 

小さなことを毎日積み重ねることが、いつかとんでもないところへ行くための唯一の道ってイチロー選手が言っていたけど、本当そうだと思う。

 

だけど人は何か特別なことをして、即効性を求めたがる。

 

そんなものあったらきっともうとっくに誰かがやっているし、努力なんて言葉は生まれないかもしれない。

 

続けた人にしか見えない景色がそこにはあるのだと、僕は信じている。

 

人と生きることで

誰かと共に生活をしていると、いろんな一面を垣間見ることになる。

自分とは異なる生活スタイルを感じながら、学ぶことがまた多くある。

 

魅力的な人はやっぱり魅力溢れる要素が、日常にはあふれていて、自分に足りないもの、疎かにしていることを学ばせてくれる。

 

その人と触れ合う数が増えるほどいろんな人の生活を伺うことができて、また少し自分が高まって行く感じがする。

 

そんな人との時間はやっぱり心地がいいし、学びがあふれている。

 

帰国してやること

今回帰国しても10日後には東京、12日後には再びシェムリアップ。

その後しばらく戻りたくないから、この10日にいろんなことを詰め込んで再びシェムリアップへ戻ってからの生活に繋げる。

 

動く、動く、動く。

特別なことをしなくていい。

いつもやっていることの量も質も高めて、自分が描く未来へまた一歩近づくことができるように。

 

目標の達成は人間力もきっと関わっているから。

 

内面からにじみ出るくらいのパワーを出し続けていこうと思う。

 

トランジットの空港には本当におもしろそうな人がたくさんいる。

そんな人の様子をチラチラ見ながら、自分もそう思わせることができるような生き様を刻んでいこうと思う。

 

気にしないようにしていても、目に入らないようにしようとしても、無視できなくなるくらいの存在へ。

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ABOUTこの記事をかいた人

1986年静岡県生まれ 日本体育大学卒業後、静岡県の公立高校に四年間勤務。 退職後に訪れたカンボジアで縁があった小さな農村部に小学校を建設し、その後正式に独立。 現在はリュック二個のモバイルライフ。カンボジアを拠点にゆっくり旅の途中。